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東京地方裁判所 平成2年(ワ)14493号 判決

アメリカ合衆国デラウェア州〈以下省略〉(日本における営業所)東京都杉並区〈以下省略〉

原告 アメリカン・エキスプレス・インターナショナル・インコーポレイテッド

右日本における代表者 スティーブン・ビー・フリードマン

右訴訟代理人弁護士 長安弘志

志知俊秀

曾我貴志

被告 株式会社アメツクス・インターナシヨナル

右代表者代表取締役 藤澤重夫

右訴訟代理人弁護士 笹岡峰夫

野澤裕昭

主文

1. 被告は、その営業に関し、「アメツクス・インターナシヨナル」、「アメツクス・インターナショナル」、「アメックス・インターナシヨナル」、「アメックス・インターナショナル」、「アメツクス」及び「アメックス」の表示を使用してはならない。

2. 被告は、原告に対し、昭和五五年一月九日東京法務局で設立登記された、株式会社アメツクス・インターナシヨナルの登記事項中、商号「株式会社アメツクス・インターナシヨナル」の抹消登記手続をせよ。

3. 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一、請求

主文と同旨。

第二、事案の概要

本件は、原告において、被告が使用し、または、使用するおそれのある「アメツクス・インターナシヨナル」、「アメツクス・インターナショナル」、「アメックス・インターナシヨナル」、「アメックス・インターナショナル」、「アメツクス」及び「アメックス」という営業表示(被告表示)及び被告の「株式会社アメツクス・インターナシヨナル」という商号(被告商号)が、原告の営業であることを示す表示として広く認識されている「アメックス」なる表示(原告表示)と類似のものであって、営業主体の混同を生じさせ、原告の営業上の利益を害するおそれがあるとして、被告に対し、不正競争防止法一条一項二号の規定に基づき、被告表示の使用の差止めと被告の設立登記中の被告商号の抹消登記手続を求めた事案である。

一、争いのない事実及び基礎となる事実

被告は、昭和五五年一月九日、設立登記され、右設立以来、被告表示中、「アメツクス・インターナシヨナル」、「アメックス・インターナショナル」及び「アメックス」並びに被告商号を使用して、主として広告代理業及び不動産業を営んでいる株式会社である(争いない事実)。

被告が将来その営業の表示として、被告表示中「アメツクス・インターナショナル」、「アメックス・インターナシヨナル」及び「アメツクス」を使用するおそれがある(右争いない事実と弁論の全趣旨)。

二、争点

1. 原告表示は、原告の営業であることを示す表示として取引者及び需要者の間で広く認識されているか。

2. 原告表示と被告表示及び被告商号とは、類似のものであるか。また、両者の間に営業主体の誤認混同が生ずるか。

3. 被告は、原告表示が日本国内において原告の営業であることを示す表示として取引者及び需要者の間で広く認識される以前より、被告表示及び被告商号を善意に使用しているもので、被告が被告表示及び被告商号を使用する行為は、不正競争防止法二条一項四号の規定に該当し、同法一条一項二号の適用を受けないか。

第三、争点についての判断

一、争点1について

1. 証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は、一八五〇年に創立されたアメリカ合衆国法人であって、クレジットカードサービス及び旅行小切手の発行、取扱い等の旅行関連サービスを含む総合的金融サービス事業を世界的に展開するアメリカン・エキスプレス企業グループの一員である。原告は、日本国内においては、大正六年に横浜に事務所を開設し、昭和二九年には日本支店を開設して、その事業を営んでいるもので、その日本国内における旅行小切手の売上は、昭和五〇年の五六〇〇万米ドルから昭和五四年の一億二六〇〇万米ドルと増加し、昭和五五年以降は、日本国内においてクレジットカードを発行している(甲一、甲四、甲一七、弁論の全趣旨)。

(二)  新聞、雑誌の記事において、原告を指す名称として原告表示が使用されたのは、昭和五一年九月二二日付日経産業新聞に掲載された「米アメックスの旅行用小切手 中国の銀行、受け取り拒む」との見出しのある記事が証拠によって認定できる最初のものであり、以後、同五四年一月一一日付日経産業新聞及び朝日新聞、同月一六日付日本経済新聞、同月一七日付、同月二〇日付及び同月二九日付日経産業新聞、同月三〇日付、同年二月一〇日付及び同年三月二日付日本経済新聞、同年六月五日付日経産業新聞、同年七月四日付及び同月二二日付日本経済新聞、同年一〇月一日付及び同月六日付日経産業新聞、日経ビジネス一九七九年一一月一九日号、同五五年四月六日付日本経済新聞、同年五月九日付及び同年八月七日付日経産業新聞にそれぞれ掲載された原告に関する記事において原告を指す名称として原告表示が使用されている(甲五の一ないし一九、乙一の三)。

(三) 株式会社小学館が昭和六一年一月一日に発行した「最新英語情報辞典 第二版」の「AMEX」の見出し語について「n.アメックス→AMERICAN EXPRESS」との語義が記載されている(甲六)。

(四) 原告は、昭和六一年頃から、「ON THE ROAD, AMEX」等原告表示の英語表記である「AMEX」を含む英文の見出し又は「海外といえば、アメックス。」若しくは「自由な女性の、アメックス。」の見出しのあるアメリカン・エキスプレス・カードの広告を、新聞、雑誌及び電車の中吊り広告に使用するなど自己を指す名称として原告表示を使用するようになった。原告が右広告のために支出した費用は、次のとおりである(甲一三、甲一五の一ないし一七)。

(1) 「AMEX」を含む英文の見出しのある広告

ア 昭和六一年

新聞 九三〇〇万円

雑誌 二億一〇〇〇万円

イ 昭和六二年

新聞 五四〇〇万円

雑誌 六五〇〇万円

(2) 「海外といえば、アメックス。」の見出しのある広告

ア 昭和六二年

新聞 二億六二〇〇万円

雑誌 五九〇〇万円

電車の中吊り 三八〇〇万円

イ 昭和六三年

新聞 二億一六〇〇万円

雑誌 六五〇〇万円

電車の中吊り 一二〇〇万円

ウ 平成元年

雑誌 五〇〇〇万円

エ 平成二年

雑誌 一億円

オ 平成三年

雑誌 七五〇〇万円

(3) 「自由な女性の、アメックス。」の見出しのある広告

ア 昭和六二年

雑誌 五〇〇〇万円

イ 昭和六三年

雑誌 七九〇〇万円

2. 右認定の事実によれば、原告表示は、現在では、原告の営業であることを示す表示として、日本国内において広く認識されるに至っているものと認められる。

二、争点2について

1. 原告表示と被告表示との類否等について

(一)  原告表示と被告表示中「アメックス」との構成は同一である。

(二)  原告表示と被告表示中「アメツクス・インターナシヨナル」とを対比すると、両者は一応相違している。

ところで、被告表示中「アメツクス・インターナシヨナル」の「インターナシヨナル」の部分について検討すると、一般に拗音を表記するのに「や、ゆ、よ」、「ヤ、ユ、ヨ」を小さく書かない例もあることは当裁判所に顕著であることに、「インターナショナル」の語は、「国際的」などの意味を有する英語に由来する外来語として一般に周知であるのに対し、「インターナシヨナル」の語は、「インターナショナル」の拗音の「ョ」を小さく書かない表記の例と解する以外の別の意味を有するものとは認められないことを併せ考えると、取引者又は需要者は、被告表示中「アメツクス・インターナシヨナル」の「インターナシヨナル」を「インターナショナル」の拗音を小さく書かない表記であると認識するものと認められる。

したがって、被告表示「アメツクス・インターナシヨナル」に接した取引者又は需要者としては、その「インターナシヨナル」の部分については、「インターナショナル」の表記であると認識し、「国際的」等の意味を想起するのが通常であって、被告表示中「アメツクス・インターナシヨナル」の「インターナシヨナル」の語が、取引者又は需要者にとって特に注意を惹くものとはいい難く、そのため、取引等においてこの語を省略して称呼されることが少なくないものと認められる(被告の社員が電話の応答において、自社を「アメックス」と称呼していることは、被告の自認するところである。)。

また、被告表示中「アメツクス・インターナシヨナル」の「・」は、単なる記号に過ぎないものである。

右各事実によれば、被告表示「アメツクス・インターナシヨナル」は「アメツクス」の部分が要部であると認められる。

そして、被告表示「アメツクス・インターナシヨナル」の要部である「アメツクス」と、原告表示の「アメックス」とは、外観において極めて類似していることは明らかである。さらに、裁判所に顕著な、一般に促音を表記するのに「つ」、「ツ」を小さく書かない例もあることに、「アメックス」が原告の営業であることを示す表示として日本国内において広く認識されていることは一に判断したとおりであるのに対し、「アメツクス」の語は、「アメックス」の促音の「ッ」を小さく書かない表記の例と解する以外別の意味を有するものと解することができないことを併せ考えると、取引者又は需要者は、被告表示中「アメツクス・インターナシヨナル」の「アメツクス」を「アメックス」の促音を小さく書かない表記であると認識し、「アメックス」と称呼することも少なくないものと認められる。

したがって、被告表示中「アメツクス・インターナシヨナル」の要部は、原告表示と外観において極めて類似しており、称呼において同一であるものと認められるから、被告表示中「アメツクス・インターナシヨナル」は、全体としても原告表示に類似するものと認められる。

(三)  原告表示と被告表示中「アメツクス・インターナショナル」、「アメックス・インターナショナル」、「アメックス・インターナシヨナル」及び「アメツクス」とを対比すると、両者は一応相違している。

しかし、それらの各被告表示が原告表示に類似することは、右(一)、(二)に判断したところに準じて明らかである。

(四)  そして、各被告表示と原告表示とは右のとおり同一または類似するものであり、かつ原告が前記一1認定のとおりの規模を有する会社で、原告表示が、原告の営業であることを示す表示として、日本国内において広く認識されるに至っていることからすれば、被告が自己の営業を表示する名称として各被告表示を使用する行為は、取引者又は需要者において、被告の営業が原告又は原告と緊密な関係にある会社の営業であるとの誤認混同を生ぜしめるものといわなければならない。また、右のように誤認混同を生ぜしめる場合には、特段の事情がない限り、原告の営業上の利益が害されるおそれがあるものというべきところ、本件においては、右特段の事情があることを認めるに足りる証拠はない。

2. 原告表示と被告商号との類否等について

原告表示と被告商号の構成によれば、原告表示が、「アメックス」であるのに対し、被告商号は「アメツクス・インターナシヨナル株式会社」であるから、両者は一応相違している。

しかし、被告商号のうちの「株式会社」の語は、一般的な会社の名称であることは明らかであるから、これを除いた「アメツクス・インターナシヨナル」の部分が自他営業の識別力を有するものと認められるところ、右「アメツクス・インターナシヨナル」の部分は、被告表示中「アメツクス・インターナシヨナル」と同一であるから、右1(二)に説示したところと同様の理由により、被告商号は、「アメツクス」の部分が要部であり、右被告商号の要部は、原告表示と外観において極めて類似し、称呼において同一であり、被告商号は、全体としても原告表示に類似するものと認められる。

そして、右1(四)と同様の理由により、被告が被告商号を使用する行為は、取引者又は需要者において、被告の営業が原告又は原告と緊密な関係にある会社の営業であるとの誤認混同を生ぜしめるものといわなければならない。また、右のように誤認混同を生ぜしめる場合には、特段の事情がない限り、原告の営業上の利益が害されるおそれがあるものというべきところ、本件においては、右特段の事情があることを認めるに足りる証拠はない。

三、争点3について

被告は、昭和五五年一月九日以来、被告表示中、「アメツクス・インターナシヨナル」、「アメックス・インターナショナル」及び「アメックス」並びに被告商号を使用しているものである(争いのない事実)。しかし、右被告表示及び被告商号の使用開始が、原告表示が原告の営業であることを示す表示として日本国内に広く認識される以前であったこと、右使用開始当時、被告が善意であったことを認めるに足りる証拠はないから、被告が被告表示及び被告商号を使用する行為は、不正競争防止法二条一項四号の規定に該当する旨の被告の抗弁は採用できない。

即ち、

1. 原告は、大正六年に横浜に事務所を開設して以来、日本国内においても事業を営んでいたものであるところ、昭和五一年九月二二日付日経産業新聞に掲載された「米アメックスの旅行用小切手、中国の銀行、受け取り拒む」との見出しのある記事において原告を指す名称として原告表示が使用されて以来、被告が被告表示及び被告商号の使用を開始する前である昭和五四年末までの間に、同五四年一月一一日付日経産業新聞及び朝日新聞、同月一六日付日本経済新聞、同月一七日付、同月二〇日付及び同月二九日付日経産業新聞、同月三〇日付、同年二月一〇日付及び同年三月二日付日本経済新聞、同年六月五日付日経産業新聞、同年七月四日付及び同月二二日付日本経済新聞、同年一〇月一日付及び同月六日付日経産業新聞、日経ビジネス一九七九年一一月一九日号にそれぞれ掲載された原告に関する記事において原告を指す名称として原告表示が使用されていたものである(前一1(一)、(二)認定の事実)。

これらの新聞、雑誌の内、日経産業新聞は専門紙として読者が限られているとしても、日本経済新聞、朝日新聞は広く一般人に読まれている新聞である(甲一二)。また、日経ビジネス誌の発行部数を認めるに足りる証拠はないが、主として企業経営者及び企業に勧めるサラリーマン向けの雑誌であることは当裁判所に顕著であり、広い読者層を対象としているものということができる。

このように、専門紙のみならず、広く一般人に読まれている新聞二紙や広い読者層を想定している雑誌でも、原告を指す名称として原告表示が使用された事実によれば、それらの記事を読んだ読者において、原告表示が原告を指す名称であると認識したものと推認できるばかりではなく、各記事が掲載された時期に、各記事を執筆した我が国の大新聞社二社の複数の記者のみではなく、閲読、編集した複数の編集担当者も、原告表示が原告を指す名称として、相当数の読者に了解されていると認識する状況に既にあったものと推認することができる。

これらの事実によれば、被告が被告表示の内少なくとも「アメツクス・インターナシヨナル」及び被告商号の使用を開始した昭和五五年一月九日当時、既に、原告表示は原告の営業であることを示す表示として日本国内に広く認識されていたものと推認されるのに対し、右推認を覆し、原告表示が右のように認識される以前から、被告が、被告表示及び被告商号の使用を開始したことを認めるに足りる証拠はない。

2. 被告の設立者等は、被告を設立して広告代理業及び不動産業等を営もうとしたものであるから、企業者として経済関係ニュースに関心を持っていたものと認められ、右1のとおり昭和五五年一月九日当時、日本国内において広く認識されていたものと推認される原告表示が原告の営業であることを示す表示であることを認識していたものと推認することができる。

また、「アメックス」の語は、原告名の英語表記である「American Express International Inc.」のうちの「American」と「Express」のそれぞれ最初の二文字を結合した「Amex」なる造語に由来するものであって、右「アメックス」の語が他に特定の意味を有するものではないことが認められる(甲六、弁論の全趣旨)。

右各事実に、被告が被告表示及び被告商号を採用した理由について格別の主張立証をしないことを併せ考えれば、被告が、被告表示及び被告商号を善意に、すなわち不正競争の目的でなく使用しているものと認めるには足りないといわなければならない。

3. なお、原告が、自社を指す名称として原告表示を使用して広告をするようになったのは昭和六一年以降であり、それ以前は、原告以外の第三者が誰いうともなく原告を指す名称として原告表示を使用していたものである(弁論の全趣旨)が、そのことを理由に、原告の本件請求が失当となるものではない。

(裁判長裁判官 西田美昭 裁判官 宍戸充 櫻林正己)

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